英国の放送ってどうなってるの? part7 ~英国のローカルテレビ:後編~「データが語る放送のはなし」㉖

木村 幹夫
英国の放送ってどうなってるの? part7 ~英国のローカルテレビ:後編~「データが語る放送のはなし」㉖

英国ローカルテレビの後編、英国篇の(一応の)最終回です。引き続き、英国のローカルテレビ局STV(スコットランド・テレビ)のお話です。

スタジオ部門は他局のために番組を制作

2022年、STVの制作部門であるSTV Studiosは30の番組(うち11は複数エピソードからなるシリーズ)を計244時間制作しました。これらの番組は、ITVやChannel4、Channel5だけでなく、BBCやディスカバリーでも放送されましたが、STVが自局で放送したのは、ITV向けに制作した番組のほかには、"STV Children's Appeal 2022"というSTVが取り組んでいる青少年の支援活動に関する番組だけでした。ちなみにSTV Children's Appealは2011年から継続している活動で、スコットランドの企業・団体とパートナーシップを組み、コミュニティとも協力しながら、スコットランドで子どもや若年層に食料や衣類を配布したり、教育や職業訓練を支援したりする取り組みです。広く一般からの寄付も募っているようです。

毎年、STVの番組を最も多く放送するのは、ITVではなくBBCやChannel4ですが、2022年はディスカバリーも多く放送していました。ほかにはApple TV+や4 Digital(DAB [デジタルラジオ]のマルチプレックス)にも供給しています。STVはこれらの事業者に完成した番組を売っているのではなく、企画を提案し、最も高く支払ってくれるところから制作委託(commission)を受注するという形です。ですので、ネットワーク関係にあるITV向け以外の番組については、自分の局で放送されることはありません。ちゃんとした制作部門を持っていながら、自分の局で放送する自社制作番組のほとんど全てがローカルニュースなのは、こうした理由によるものです。

英国でこうした制作受委託の市場が成立する背景には、以前にもお話ししましたが、英国のPSBsには、一定の比率で自社以外が制作した番組を編成しなければならない規制があるからです(英国の放送ってどうなってるの?part1 ~出版型放送とは?~「データが語る放送のはなし」⑳)。さらに、これも以前見たようにChannel4は規制により自社で番組を制作することを禁じられています(同上)。STVだけでなくBBCやITVのスタジオ部門も、他の放送事業者や配信事業者のための番組を受託制作しています。

こうして制作した番組の番販やネット配信などの権利は、一定期間は制作を委託し放送した事業者にあるようですが、その期間が過ぎると、権利は制作した事業者に移るようです。

定番のアンティーク番組が売れ筋

STV Studiosが制作した番組をいくつか見てみましょう。一番の売れ筋で最も多く制作しているのはBBCで放送される『Antiques Road Trip』というアンティークの掘り出し物を探す番組です。基本フォーマットは、2人のエキスパートが全英を巡ってアンティークの逸品(?)を探し出し、最後にそれをオークションにかけて落札額を競うというものです。落札したお金は次回の仕入れ費用になり、最終的に残ったお金はBBCが1980年から実施している" BBC Children in Need "という子どもを支援するためのチャリティ活動に寄付されます。この番組はBBCで2010年から続いており、1シーズン20~30エピソードで、シーズン28まで制作されています。アンティーク発掘・鑑定ものと紀行ものを組み合わせたような番組のようですね。いくつかの派生番組もあり、『Celebrity Antiques Road』はエキスパートがそれぞれセレブと組んでお宝を探すもので、同じくBBCが放送。そのローカル版ともいえる『The Yorkshire Auction House』はディスカバリーが傘下のチャンネルReallyのために発注しています。この番組は2022年にReallyの全番組の中で最も多くの視聴者に見られた番組だったそうです。英国ではアンティークのフォーマットは安定してかなりの人気があるようです。

Celebrity Antiques Road Trip.jpg

<BBC, Celebrity Antiques Road Trip>

*STV Group plc, "Annual Report and Accounts 2022"より。

ショーやドラマのオススメは......

STVはショーやドラマの制作委託も受注しています。『Celebrity Catchphrase』は、STVがITVの発注で制作しているクイズショーです。米国のテレビ番組のフォーマットを用いて1980年代から2000年代初頭にかけてITVで放送されていた番組を、STVが2012年からリバイブして制作している番組のようです。全英で土曜日のプライムタイムに放送される人気番組とのこと。これはITV1での放送ですので、STVでもオンエアされますし、ネット配信STV Playerで自分で配信も行えます。なお、収録はロンドンのスタジオで行うようです。

Celebrity Catchphrase.jpg

<ITV1, Celebrity Catchphrase>

*STV Group plc, "Annual Report and Accounts 2022"より。

ドラマも何本かありますが、最近のオススメは『Screw』と『Criminal Record』でしょうか。
Channel4が放送する『Screw』は、紹介した画像を見るとシリアスな犯罪もののようにも見えますが、刑務所を舞台としたコメディ・ドラマです。収録はグラスゴーとスコットランド北東部アバディーンの現在は使われていない刑務所で行われているとのこと。2022年にシーズン2を制作したようです(1シーズン6話程度)。

Screw.jpg

<Channel4, Screw>

*Channel4, ウェブサイトより。

『Criminal Record』はTod Productionsというロンドンにあるドラマに特化した独立系プロダクションとの共同制作で、地上波ではなくApple TV+のために制作しています。Tod Productionsの最高経営責任者Elaine Collins氏はITV Studiosの出身ですが、日本でも放送された『Vera』(邦題:ヴェラ~信念の女警部~)のプロデューサーとして有名な方です。『Criminal Record』はロンドンを舞台とした犯罪スリラーで、2022年6月に制作が発表され、現在はまだ制作中のようです。これは日本からでもApple TV+で視聴できるようになるはずです。

地元向けではなく、グローバル市場向けの番組制作

STVが共同制作を行うパートナーは、2022年時点でTod Productionsを含めて6つあります。英国には著名なプロデューサーなどが率いる独立系のプロダクションが多くあり、メディア系のスタジオと組んだ共同制作を行っています。こうしたプロダクションをパートナーにできるので、STVのような比較的小規模な放送事業者でも世界に通用するドラマを作れるのでしょうね。

STVの番組制作の基本的な考え方は、「限定されたローカルマーケット向けの番組ではなく、全英あるいはグローバルマーケット向けの番組制作」(筆者のSTVでのインタビューより)です。自社でのオンエアや配信を最初から前提にしていないので当然ともいえますが、重要なのは、スコットランド・ローカルの特色を生かすことではなく、より大きな収益を上げることです。そのために実績豊富な外部のプロデューサーと組んだり、ロンドンで収録したりしています。

STVの2022年の総売上1億3,780万ポンドのうちスタジオ部門の売り上げは2,370万ポンド、総売上での構成比は17%程度です(残りのほとんどは放送・配信の広告収入)。利益では営業利益(Operating profit)の総額2,580万ポンドに対し、スタジオ部門から得られた営業利益は140万ポンド、営業利益での構成比は5.4%程度です。利益効率では広告収入よりもかなり低い水準ですが、2023年のスタジオ部門の売り上げは、現在確定している制作受託で5,000万ポンドを超えると見込まれています。

ローカル局が運営するローカル向け事業ファンド "STV Growth Fund"

(またまた)話は変わりますが、最後にSTVが実施しているちょっとユニークな事業をご紹介しておきます。STVは2018年より、"STV Growth Fund"という公募型の一種の事業ファンドを運営しています。これは株式や金融商品に投資するファンドではなく、地元スコットランドの事業に投資するものです。

スコットランドの主に中小企業から出資を受けて、それらの企業がビジネスを展開するためのお手伝いをするというものなのですが、具体的には、出資金額に応じて通常の単価よりも割安にSTVでのCMとSTV Playerでの動画広告配信を組み合わせたCMキャンペーンを提供することが中核のようです。また、事前に、成功裏に終わったキャンペーン終了後の売り上げの何%かをSTVに支払うことを合意しておき、事後、その支払いを受ける契約になっているようです(キャンペーン効果の評価法や売り上げの定義、詳しい計算法等は不明です)。これから自社の製品・サービスをメディアを使って売り出したいが、ノウハウや経験、充分な資金がない地元の中小企業のために、テレビと配信を組み合わせた広告キャンペーンを提案し、自ら実施するというものです。STVはスコットランドを4つのリージョンに分けてCM(とローカルニュース)の差し替えが可能な体制にしていますので、スコットランド全域だけでなくリージョン単位のキャンペーンにも対応できるようです。

STVはスコットランドのローカルテレビとしては、ほぼ独占企業ですので、地元企業にとっては頼りになるメディアだと思います。CM料金だけでなく、売り上げに対するマージンまで取れれば、うまみのあるビジネスになるのかもしれません。ローカル企業への貢献は通常のローカルCM営業にもプラスになるでしょう。

STV Growth Fundは2022年末に3,000万ポンドの規模に達し、同年中に200の案件を手がけたそうです。出資企業の70%以上は前年からの継続企業とのこと。出資者としては、建築関係のスモールビジネスや地元のホテルが紹介されています。また、2021年からはSTV Green FundというスコットランドでのSDGsに関連した事業に特化したファンド(100万ポンド規模)も運営しています(以上、STV Group plc, "Annual Report and Accounts 2022"、STV Commercialウェブサイトより)。

日本のローカル局にも参考になる?

とても興味深い取り組みだと思います。これは出資額の範囲内で事業に対して支出する"matching fund" (見合基金)で、ファンドの形態になっていますが、実態としては、組織的にソリューションを提供するコンサルティング営業を、広く公募ベースで実施しているという感じです。成功報酬的な要素があること、単発ではなく継続的な利用を促す仕組み、テレビCMになじみがないクライアント、少額予算のクライアントでも利用しやすいところなどがポイントでしょうか。

STV Growth Fundについては、成功報酬の決め方、原資の運用や運用益をどうしているのかなど、詳しい仕組みについてはよくわからない点が多いのですが(リサーチ不足ですみません......)、今後の日本のローカル局のビジネス展開を考えるに当たって、参考になる点もありそうです。単なる広告出稿ではなく、地元の広告主の課題解決をローカル局が一緒に行うことは、日本でも海外でもローカル営業の基本です。以前ご紹介した米国のローカル局も同様です。「ローカルビジネスのセールスに貢献する」ことは、ローカル局の存在意義のひとつに挙げられていましたよね(米国ローカルテレビ篇part2:放送局所有会社のはなし~「データが語る放送のはなし」⑪)。

と、今回も脱線して長くなってしまいました......STV Playerのお話は、またあらためて、姉妹版とも言えるITVX、ITVとBBC等が運営するSVODのBritBoxとも一緒にお話ししたいと思います、英国篇は今回で一応の区切りとします。

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