自社制作比率の謎を追え! ~「データが語る放送のはなし」⑲

木村 幹夫
自社制作比率の謎を追え! ~「データが語る放送のはなし」⑲

今回のテーマは「自社制作比率の謎を追え!」と冒険小説の邦題風にしてみました......。最近何かと話題な(?)民放の"自社制作比率"のお話しです。"自社制作比率"と言うワード自体は、以前からよく知られていますが、このデータの具体的な内容・特徴については案外知られておらず、その経営上の意味合いについてはわかっていないことが多いのです。本稿では、これがどういう性格の指標なのか? に始まり、それが何と関連しているのか、いないのか? どういう意味を持つのか? について見てみましょう。

"自社で制作した番組およびその再放送"

"自社制作比率"という単語はほとんど一般名詞化していますが、本稿で扱う"自社制作比率"とは、民放連が調査で用いている用語を基にしたもので、以下にご紹介するデータも民放連調査のデータです。各放送局が独自に定義している自社制作比率もあるかもしれませんが、一般に広く用いられている"自社制作比率"と言えば、もっぱら民放連が毎年の調査で集めているデータを指します。

民放連では毎年、加盟各社に対して、系列別の番組や自社制作番組、その他番組の放送時間量に関する調査を行っています。これは技術的な目的で行う調査なのですが、副次的に自社制作番組などの放送時間についても聞いているものです。毎年4月の番組改編後の1週間について、系列から供給された番組、自社制作番組、その他の番組別の放送時間量を記入式の調査で聞いています。各社別の調査結果は、毎年民放連が発行する『日本民間放送年鑑』で一般に公開されていますので、ご興味のある方は同年鑑をご参照ください。

そこでの"自社制作番組"の定義は、「自社で制作した番組、およびその再放送を指す。ローカルニュース、天気を含む」です。"その他の番組"が「自社制作以外の再放送、制作会社からの持ち込み番組、旧作の購入番組、テレビショッピング、BS社・CS社制作番組」などですので、購入番組やショッピング番組を含まない"正味の"自社制作番組になります。なお、年間を通じたデータではなく、特定の1週間だけのデータであることには注意が必要です。その週にたまたま大きな特番を編成していれば自社制作の時間は増えますが、特番を編成していなければ、それ以外の週でいくら特番が多くてもその分は反映されません。

系列局の自社制作比率はほぼ一貫して10

在京キー局や在阪・在名準キー局および独立局は、編成の構造がネットワーク系列のローカル局とはかなり異なりますので、ここでは系列ローカル局(以下、"系列局")のデータだけご紹介していきます。

図表12017年から22年までの系列局の自社制作比率(個別社データの平均値)を、全社、基幹地区(北海道・宮城・広島・福岡)、基幹地区のうち北海道・福岡、基幹地区以外の別に示しました。自社制作比率(自社制作番組放送時間が調査週の総放送時間に占める比率)は、系列局全社でほぼ10%です。この5年間、ほとんど変化していないと言っていいでしょう。毎年のように0.1―0.2%程度増えていますが、この程度では増加基調とまでは言えませんね。ですが細かく見ると、北海道・福岡は極めて緩やかな増加傾向かもしれません。この間、売り上げの低迷継続やコロナ禍などもありましたが、自社制作番組は、少なくとも減る傾向にはないようです。

この10%と言う比率は、1日あたりでは約2時間30分程度です。以前この連載の米国ローカルテレビ篇でもご紹介しましたが、米国のローカルテレビ(ネットワーク加盟局)の自社制作番組(ローカルニュース)の放送時間量は、平日で1日あたり、かなり小規模のマーケットで2.5時間程度、トップクラスの大規模マーケットで5―7時間程度です。日本の場合、全体平均が2.5時間ですから米国よりは少ないと考えられます。

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<図表1. 系列局の自社制作比率

*民放連『日本民間放送年鑑』各年版より作成。全て該当年の4月第1週のデータ。

自社制作比率は売上規模に比例

ところで、図表1を見ると、基幹地区の自社制作比率は、それ例外の地区よりも一貫して水準が高いことがわかります。基幹地区から北海道・福岡だけを抜き出せば、さらに高くなります。どうも大規模な地区の方が自社制作比率は高そうですね。

そこで、横軸を年間売上高、縦軸を自社制作比率として、2021年の各社別のデータをプロットしたのが図表2です。両者は、概ね正比例しており、統計的に有意な正の相関があります。

売上規模が大きい局ほど自社制作比率が高い傾向があります。つまり、より多くの制作費が使える局ほど自社制作比率が高くなるわけです。その逆(自社制作比率が高い局ほど売上規模が大きくなる)の関係は否定できます。なぜならこの連載の最初の方で見たように、局の売上規模はエリアの人口でそのかなりの部分が決まるからです。この傾向は米国のローカルテレビにも見られます。売上規模が大きい大規模マーケットの局ほど、ローカルニュースの制作時間が多い傾向があります。自社制作番組の量は、予算制約によって決まる部分が大きいのは、普遍的なことのようです(もちろん、それだけで決まるわけではありませんが)。

連載19 図表2.jpg

<図表2. 売上高と自社制作比率(2021年)

*民放連『日本民間放送年鑑2021』より作成。

自社制作比率は利益率とは関係ない?

さて、この業界にはこんな言い伝え(?)があります。「ローカル局の自社制作番組は作れば作るほど、会社の利益が減る」。これは本当でしょうか?

図表3は、横軸に自社制作比率、縦軸に財務を除く事業活動の利益を示す営業利益率を取ったものです。両者の間には一見すると相関性が見られないことが、お分かりになると思います。

連載19 図表3.jpg

<図表3. 自社制作比率と営業利益率(2021年)

*民放連『日本民間放送年鑑2021』より作成。

ただ、会社全体の利益との相関性はなくても、個々の番組単位では、番組別収支の計算方法にもよりますが、利益率がかなり低い、ないしは収支がマイナスになっている番組も少なくないと考えられます。恐らく、一般的に自社制作番組の利益率は低いので、自社制作番組が多い局は、一定の利益率を確保するために制作費以外のコストを切り詰めているのではないでしょうか? その結果として、自社制作番組比率と営業利益率との間には相関が見られないのかもしれません。もっとも、この問題はもっと精緻に分析する必要がありそうです。

何のために自社制作を行うのか?

自社制作を増やしても、制作費を回収できるほど売上が増えるかどうかはわかりません。不確実性が高い一方で、利益的にはマイナス要因になる可能性が高いので、ほかのコストを切り詰める必要がありそうです。制作費を調達できるだけの売上規模がある大規模局でないと、一定以上の自社制作比率を保つことには困難がともなうと考えられます。それでも、テレビ広告費が中期的に0ないしマイナス成長になっている局面で、自社制作比率は全体として全く減少しておらず、基幹地区を中心に増やしている社さえあります。

これは、短期的には、経営上合理的な行動ではありません。しかし、ローカル民放の存在意義(パーパス)の観点から見れば、見方は違ってきます。以前見た米国ローカルテレビのローカルニュース制作同様、日本のローカル局のパーパスはローカル番組の制作だと考えるローカル局が多いのではないでしょうか? 特定エリアのローカル番組は、多くのローカル地区では、そのエリアの放送事業者にしか制作できません。仮に将来、地上波のインフラ網がその必要性を失ったとしても、その局にしか作れないユニークなコンテンツを持つ局は、生き残れる可能性が高いと考えているローカル局は多いと思われます(ちゃんとした調査で調べたわけではありませんが......)。

もっともその前に力尽きてしまっては、元も子もありませんので、パーパスと現在および近い将来の経営状況との折り合いをつけることは必須になります。ローカルコンテンツの供給を確保するには、財源の確保が最重要であることは明らかです。財源は収入増からだけもたらされるものではありません。コストを削減することでコンテンツ制作のための財源を確保する必要もあります。米国のローカル局同様、収入増と経営効率化の両方を追求する経営対策が必要です。その具体策については、また機会を改めて議論してみたいと思います。

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