地域情報はなぜ重要なのか――「メディア砂漠」アメリカの現状から考える

前嶋 和弘
地域情報はなぜ重要なのか――「メディア砂漠」アメリカの現状から考える

アメリカの政治・社会の特徴ともいえる地方メディアの影響力の強さが大きく揺らいでいる。インターネットの普及とともに、政治情報の「全国化」の流れの中、地域密着型のメディアの活力が大きくそがれてしまったためだ。民主主義社会を成立させるうえでの地方メディアが果たす役割の重要性を考えると、先行きは明るいとはいえない。

地方の政治と地方メディアの共生関係

アメリカのジャーナリズムの大きな特徴は、地方紙や地方放送局の充実だ。
全米の主要都市には必ずといっていいほど有力な新聞社が存在し、徹底した取材網を築き、地元密着の情報提供を続けてきた。ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ボストン・グローブ、ロサンゼルス・タイムズ、シカゴ・トリビューン、サンフランシスコ・クロニカルなど、主要都市には世界的な知名度を持つ有力紙が存在する。全国紙(一般紙)といえば、1982年に創刊された後発のUSAトゥデイと、経済専門のウォール・ストリート・ジャーナルくらいである。

日本の「県紙」からの発想で「州紙」というものは基本的にはないほか、テレビ・ラジオの地上波放送局の体制も州ごとに分けるような免許制ではなく、あくまで都市単位である。

テレビの場合には、都市を基盤とした「メディア・マーケット(media market)」という50万人から70万人程度の視聴者・リスナーの対象エリアを想定し、各放送局に免許が与えられている。地域によって異なるものの、民間放送の4大ネットワーク(NBC、CBS、ABC、FOX)の系列局がそれぞれ1つずつ、さらには民間放送としては歴史が浅いCWや、公共放送PBS系列などの局が1つの「メディア・マーケット」内で放送を行っている。一方、ラジオの場合にはさらに小さな地域に分けて放送局の免許が与えられているケースも少なくない。

アメリカ政治では「連邦政府」と「州政府」がすみ分ける「連邦主義」が政治の根本にある。州政府の下に、より小さな単位の郡、市、町、村などの数多くの「地方自治体(local governments)」がある(つまり、「地方自治体」は「州政府」の下位の行政区分である)。地方紙、地方放送局は、地方自治体を拠点とする地方メディアである。

これだけでもいかにアメリカの地方紙、地方テレビ、ラジオが地域密着型であるかが想像できるはずだ。それぞれが都市単位であるため、各メディア同士の競争も激しい。

それもあって、州政府や郡・市などの地方自治体などのレベルにおいて、共生関係といえるほど政治とテレビ、新聞、ラジオなどの地方メディアとの関係は密接である。知事や州議員だけでなく、シンクタンク、利益団体などの政治アクターは地方メディアにとって情報提供者として必要不可欠であり、各アクターも政策形成のために地元の世論を動かそうと、積極的に地方メディアと接触してきた。

何といっても地方メディアの強みは、地域密着型で地元の人々にとって重要な争点を浮き彫りにする機能である。このメディアの「議題設定機能」のために、何がいま大切なのかという争点を地元の人々が広く認識するだけでなく、政治家や自治体関係者もこれを共有する。選挙情報は地方メディアが最も得意とするところであり、各候補者はどう報じられるか常に気にし、当選した後もメディアからのチェックを受け続けることで選挙公約も実現に向かう。

結果的にメディアの情報を介して、その地域の社会問題が改善されていくという流れができてくる。地方政治は地方メディアを中心に動いていく、といえば分かりやすいだろう。こうして地方分権型のアメリカ政治の仕組みが出来上がっていった。

ニュース砂漠という未曾有の危機

しかし、アメリカの地方メディアはいま、未曾有の危機に陥っている。それは、インターネットの爆発的普及の中、「メディアの全国化」と「メディアの分極化」という2つの現象が一気に地方メディアを押しつぶしているからだ。

インターネットの爆発的普及の中、オンラインでニュースを受け取ることを好む読者が増え、アメリカの地方紙は一気に減っている。

アメリカの新聞の総数は、2004年の8,891紙から2018年には約1,800紙が減り、7,112紙(日刊紙1,283紙、週刊紙5,829紙)に減少している(1) 。残った約半分は過疎地域にあり、約5,500紙は発行部数1万5,000部未満である。

さらに、ニュース報道を大幅に縮小したために、タイトルだけは同じでも"内容はほぼすべてがAPなどの配信"という「ゾンビ新聞」も地方には少なくない。地方紙がなくなってしまった地域を「ニュース砂漠(news desert)」という表現も広く知られるようになってきた。

ノースカロライナ大学の2018年の調査によると、アメリカの1,300を超えるコミュニティが「ニュース砂漠」であるという。米国の3,143郡のうち、2,000以上が日刊紙を持たなくなり、合計320万人の住民を含む171郡には地元の新聞がないという。さらに、「ニュース砂漠」の住民は、平均的なアメリカ人よりも貧しく、高齢であり、教育を受けていない傾向があるほか、地理的には南部に「ニュース砂漠」が偏在している (2)。

news砂漠.jpg

地元の新聞がないという171のニュース砂漠(ノースカロライナ大学調べ)

https://www.usnewsdeserts.com/reports/expanding-news-desert/loss-of-local-news/loss-newspapers-readers/

アメリカの地方紙の場合、都市を基盤としているため、比較的小さな規模の新聞社が多く、日本の「県紙」に比べると経営体力は強くない。経営が傾いた場合、過去には経営者が変わることで存続を続けてきた。特に、メディアの複数所有の規制緩和を認めた1996年に成立した電気通信法以降にはガネットなどの大手メディア企業が次々に買収する形で地方紙は生き残ってきた。テレビ・ラジオの地方局も基本的には同じように大手メディア企業の傘下に入ることで生き延びてきた。しかし、近年のアメリカではニュースメディアのオンライン化が一気に進んだ。放送局はまだしも、オンライン化をする体力がない地方紙は経営が傾くと買い手が全くつかず、廃業が続く、といった構図だ。

一方で新聞の中では明らかな二極化現象がある。ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなどの有力紙がインターネットでオンライン購読者を次々に拡大し、「世界新聞」化していく中、デジタル化で遅れる地方紙は次々と消えていく。

「メディアの分極化」の中で進む「政治情報の全国化」

一方、地方のテレビやラジオも別の形で衰退しつつある。1996年電気通信法では、メディアの所有制限を緩和し、一つのメディア企業が数多くのテレビ、ラジオなどを所有することが可能になった。それによって、特定の企業による地方のテレビ、ラジオの買収が続いた。近年もガネット、トリビューン、シンクレア・ブロードキャスティングなどの全米規模の巨大メディア企業が地方のテレビ局、ラジオ局の買収を進めてきた。

それぞれの企業の傘下のメディアが同じ論調を張るとは限らないが、シンクレア・ブロードキャスティングが全米で画一的なニュース解説原稿を提供しているように、地方放送局であっても「全国化」が避けられなくなっている。

地方放送局の買収にしろ、地方紙がない「ニュース砂漠」の問題にしろ、行き着くところは、「政治情報の全国化」にほかならない。地元のニュースが衰退すれば、人々は地元の地方政治についての情報が足りなくなり、全米のネットワークニュースやケーブルテレビの24時間ニュース局から、国政を通じて地方の政治を解釈していくことになるためだ。

ただ、そもそもアメリカの場合、ワシントンからかなり距離が離れた州があり、地方メディアがなくなれば、遠い世界の情報に地元の情報が埋没してしまう可能性もある。

「政治情報の全国化」は、現在のアメリカの大きな問題である「政治的分極化(political polarization)」の中に地方の人々を巻き込むことでもある。アメリカの政治と社会が「保守」と「リベラル」の両極に分かれつつあるこの「政治的分極化」は、マスメディアにも影響し、「メディアの分極化(media polarization)」現象が進展している。メディアが政治情報の内容を「消費者」向けにマーケティングし提供するようになり、左右の政治勢力の応援団となることだ。これは民主主義の機能不全であり、市民社会の危機でもある。

全米でほぼ同じ党派性の強いメッセージが広がっていく中で、民主党、共和党という全国の政党であっても地域の多様性が担保されていたことと地域性に支えられた政治情報が画一化されていく。

民主主義の危機

地方ニュースの衰退は、かつて強かったかはずのアメリカの地方の政治や地域コミュニティという民主主義の根幹を大きく揺るがしている。

地方メディアが弱体化することは、上述の地方メディアの議題設定機能が失われ、選挙などの情報が枯渇するため、地元の人々の政治参加が阻害されることにほかならない。さらに、調査によれば、政府の浪費や汚職の増加、犯罪率の悪化などの結果になっているという分析もある。

「インターネットの普及拡大とともに地方の新聞社が弱体化した」「全国的に同じニュースが広がっていく」というのは日本も同じであり、世界的な現象であろう。ただ、アメリカの場合、「政治情報の全国化」と「メディアの分極化」が密接に関連しているのが特徴であり、その分、民主的な政治システムの機能不全を生み出している。

そう考えると、長年続いてきた地方分権型のアメリカ政治そのものも曲がり角にある。その未来は決して明るいとはいえない。


(1)  https://www.usnewsdeserts.com/reports/expanding-news-desert/loss-of-local-news/loss-newspapers-readers/(2023年7月1日参照)

(2)  https://www.usnewsdeserts.com/(同)

(参考:「民放online」より)

米ローカル新聞の廃刊進む  拡大する"ニュース砂漠"  ノースウエスタン大リポート(2022年7月13日掲載)

米国ローカルテレビ篇スピンオフ ~ローカルニュースを守るには? ~ 「データが語る放送のはなし」⑱(2023年3月1日掲載)

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