米国ローカルテレビ篇スピンオフ ~ローカルニュースを守るには? ~ 「データが語る放送のはなし」⑱

木村 幹夫
米国ローカルテレビ篇スピンオフ  ~ローカルニュースを守るには? ~ 「データが語る放送のはなし」⑱

回にわたってお話しした米国ローカルテレビ篇(文末にリスト)では、米国のネットワーク系列ローカルテレビ局が、いかにローカルニュースに注力しているかについて、またローカルニュースがローカルテレビ局にとって最大の収入源であることについてお話ししました。そしてローカルニュースは、ほぼ無限にある無料チャンネルの大海でローカル局が生き抜くために定めた自らの存在意義の中核でもあります。

ところで、米国ローカルテレビ篇part4(米国ローカルテレビ局の経営(前編)~収入の内訳とその変化)の中で、ローカル局が提供するローカルニュース・コンテンツが、インターネット上のプラットフォームで、本来受け取るべき対価を得ていないとされる問題をご紹介したのを覚えていますか? 今回は、米国ローカルテレビ篇のスピンオフ企画として、この問題についてご紹介します。

世界各地で立法化の動き

昨年の7月に当サイトに掲載された平和博氏の記事にもあるように、この種の問題は、日本も含め全世界的な問題です。欧州の一部やオーストラリアでは、ニュースコンテンツをネット上で展開するメディアが、GAFAに代表される巨大プラットフォームから、本来受け取るべき対価を得ることの助けになるような法律が既に成立しています。

GAFAのお膝元である米国であっても、そうした立法化の動きは当然あります。

昨年9月22日、米上院司法委員会を"Journalism Competition and Preservation Act of 2022"(JCPA2022)という法案が通過しました。主な提案者は、2020年の民主党大統領候補予備選にも出馬したエイミー・クロブシャー上院議員(ミネソタ州選出)です。ちなみにクロブシャー議員の父親は地元ミネソタでは有名な新聞ジャーナリストとのことです。法案は共和党議員も共同提案者となった超党派によるものです。

この法案自体は、その後優先順が変更されてしまい、継続審議のような状態になっているらしいのですが、その内容を簡単に言えば、巨大なオンライン・プラットフォーム(要するにGAFA)に対する交渉力をニュース・パブリッシャー(新聞、放送、雑誌など)に持たせようとするものです。具体的には、オンライン・プラットフォームに対してニュース・パブリッシャーが、そこで流通するコンテンツに対する対価を求める交渉を行うに際して、複数の事業者が共同で交渉すること(joint negotiation)を、連邦および州の独占禁止法の適用対象外にしようとするものです。交渉の過程で、ニュース・パブリッシャーがそのコンテンツをネット上から協調して撤収する行為も認めています。当事者間の交渉で合意に至らない場合は、中立的な第3者による強制力がある仲裁を行うとしています。

ローカルニュースは存亡の危機!?

以下、この法案の上院司法委員会通過に合わせてクロブシャー議員が発表した声明の一部を引用します。「新聞人の娘である私は、自由な報道が民主主義の強化に果たす重要な役割を身をもって理解しています。しかし、広告収入が激減し、新聞社が閉鎖され、多くの地方コミュニティが地元報道にアクセスできない"ニュース砂漠"と化すなど、ローカルニュースは存亡の危機に直面しています。強く、独立したジャーナリズムを維持するためには、報道機関が、ニュース配信とデジタル広告を支配するようになったオンライン・プラットフォームと公平な立場で交渉できるようにしなければなりません」。

同じ日に、米国の新聞協会に当たるNews/Media AllianceのシャバーンCEOは「本日の投票は、小規模およびローカルのニュース・パブリッシャーがそのコンテンツにふさわしい公正な報酬を得られるようにするための大きな一歩です」との声明を出しました。また、NABのルゲイCEOは、NABはこの法案を称賛するとしたうえで、「現在のメディア状況では、ローカル局は、オンライン上でコンテンツを表示する条件を決める一握りのビッグテックのゲートキーパーの言いなりになっています。この法案は、ニュース・パブリッシャーとデジタル・プラットフォームとの間で、ローカル・コンテンツの市場価値に関する公正な交渉を可能にし、競争の場を公平にするものです」との声明を出しました。これは新聞だけの問題ではなく、ローカルニュースをネット上でも配信しているローカル局の問題でもあるのです。

ニュース砂漠とは?

ところで、"ニュース砂漠"(News Desert)という言葉は日本では馴染みがないかもしれませんので、ここで捕捉しておきます。これは地元の新聞が1紙もない地区のことです。この分野で代表的な研究機関であるノースカロライナ大学ジャーナリズム・メディア研究科の定義によれば、「地方または都市のコミュニティで、草の根レベルの民主主義を支える信頼できる包括的なニュースや情報へのアクセスが限られていること」です。

米国の新聞は、日本とは異なり、地方紙が基本です。それも州単位などの広域ではなく、(州の下の行政単位である)郡ないしは自治体単位です。伝えるニュースは地元エリアのニュースが中心になりますので、1紙も無くなってしまえば、そのエリア固有の活字ニュースが消滅します。これが"ニュース砂漠"です。以前、この連載でも少し触れましたが、米国ではネットメディアの伸長により、2000年以降、地方紙の廃刊が相次ぎました。2004年から2018年の間に地方紙の総数は8,891から7,112へと約1,800減少し、残ったもののうち1,000から1,500はエリア内の一部しかカバーできていないゴースト・ペーパーとされています(" THE RISE OF THE GHOST NEWSPAPER",UNC Hussman School of Journalism and Media

図表は全米のニュース砂漠の地図です。全米の郡(3,141)のうち、赤が地方紙が1紙もない郡(200)、黄土色が1紙しかない郡(1,540)です。1紙しかない郡の中にはもとは複数あったものが廃刊になった地区もあれば、経営統合された地区もあります。赤はロッキー山脈沿いやアラスカなどの人口密度が非常に低い地域と南部に多いですが、北東部や五大湖周辺にもありますね。

ジャーナリズムによるチェック機能が働きにくくなったニュース砂漠では、公的機関における不正や汚職が増え、その地区選出の議員の活動へのチェックも甘くなっていると言われています。また、これは結果ではなく原因の方でしょうが、ニュース砂漠のエリアには、貧困層が多く、高齢者が多いという統計もあるようです。

全米の地方紙の数.jpg

*出典:UNC Hussman School of Journalism and Media

<全米の地方紙の数

ニュース砂漠にもローカル局はある

この連載でもみたように、こうしたニュース砂漠のエリアもローカルテレビ・ラジオ局はカバーしています。もっとも、放送のエリア(DMA)は210しかありませんので、ほとんどのエリアでは複数の郡が一緒になっており、地方紙ほどきめ細かくカバーできているわけではありませんが、ローカルニュースは供給されています。今や米国のほとんど全ての郡で(そのエリア向けだけではなくても)ローカルニュースを供給しているニュース・パブリッシャーは、ローカル局だけと言っていいかもしれません。

こうしたローカル局の活動を支えているのが、しつこく言及した(?)再送信同意料収入であり、隔年の政治広告であり、大手所有会社へのローカル局所有の集中およびエリア内の複数局所有・LMALocal Marketing Agreement)による業務運営の効率化です。加えて、現在は数%しかないデジタル収入(インターネットからの収入)もローカルニュース制作を支える財源に加えたいという考えを多くのローカル局が持っています。NABは何年も前からロビー活動や議会の公聴会などを通じて、ローカルニュースを支えるには、こうした収入が必要だと主張して来ました。

なぜGAFAからお金を取れるのか?

米国では新聞だけでなく、ローカル放送局(テレビ、ラジオ)の大部分も、ネット上でニュース記事だけでなく、ローカルニュースをリアルタイムおよびオンデマンドでエリア制限なく提供しています(日本からも見られるので、興味のある方はぜひ!)。ネット上に上げたコンテンツ(記事や動画・音声)が、ニュース・パブリッシャーの手を離れて、大手プラットフォーム上の各種サービスを通じて検索やニュースフィード、リンクなどで広く拡散され、見られています。リンクがクリックされてオリジナルのパブリッシャーのサイトに戻ってきた分はいいのですが、画面に表示されるタイトルと見出しだけを見て、情報は取れたからそれでいいやとクリックされなかった場合、ニュース・パブリッシャーの収入は0で、プラットフォームだけが収入を得ることになります。また、ソーシャルメディアにニュースフィードとして記事や動画が掲載された場合、内容まで閲覧・視聴されても、リンク先に行かなければ、ニュース・パブリッシャーの収入は0です。ニュース・パブリッシャーはこうした形態の自社コンテンツの消費からも、コンテンツの提供者である自分たちは、プラットフォームから収益のシェアを受ける権利があると考えています。

GAFAにとって放送事業者はどうでもいい存在?

しかし、GAFAは巨大です。放送事業者や新聞社単体ではなかなか相手にしてもらえません。あるローカル局所有会社の幹部は、「プラットフォーマーの態度は、"放送事業者は問題ではない、(自分たちが)問題とするのはユーザーだ"というものだ。放送事業者がGoogleFacebookに向き合うには政府によるアクションが必要だ。放送事業者はGoogleFacebookにとってどうでもいいのだ」と述べています(BIA, "Economic Impact of Big Tech Platforms on the Viability of Local Broadcast News"より)。

例えば、Googleの時価総額は最大のローカル局所有会社であるNexstarの約200倍です。Nexstarやあるいはネットワークであっても、単体で向き合えば勝負は目に見えています。だから米国では独禁法で禁じられている"Joint Negotiation"が必要と言うわけです。

年間の損失はローカル局だけで2,400億円!?

では、ローカルニュースのパブリッシャーは、具体的にどのくらいの金額を巨大デジタル・プラットフォームから取れる可能性があるのでしょうか?

米国には、ローカルメディアに特化したコンサルティングを提供しているBIA Advisory Servicesという組織があります。ここのデータはローカル放送の分野では非常によく使われています。BIA2021年に"Economic Impact of Big Tech Platforms on the Viability of Local Broadcast News"というレポートを発表しました。日本語にすれば「ローカル放送ニュースの存続可能性に、ビッグテックのプラットフォームが与える経済的影響」と言う感じでしょうか。このレポートでは、BIAが作成した推計モデルを使って、ローカル放送事業者がGAFAのプラットフォーム上で創造したものの、自らはその恩恵を得ていない価値を金額で推計しています(なお、このレポートはNABの要請で作成されたものであることには留意しましょう)。推計結果の概要は以下のとおりです。

Google検索とFacebookニュースフィードだけで、年間187,300万ドルに相当する価値の喪失があると推定。

Facebookニュースフィードでの損失額:4億5,500万ドル、推計される範囲は32,500万ドルから58,500万ドル。

Google検索での損失額:128,900万ドル、推計範囲は9億2,100万ドルから165,800万ドル。

Google検索での不適切なローカルニュースのアルゴリズムの重み付けによる損失:1億2,860万ドル、推計範囲は9,190万ドルから18,380万ドル。

・他のプラットフォーム(AppleAmazon)が、ローカル放送局に与える直接的な影響は、まだそれほど深刻ではないが、これらのプラットフォームも巨大な市場力を持っているため、将来的に損害が生じる可能性はある。

年間187,300万ドル(約2,400億円)と言う金額は、GoogleFacebookの売上規模から見ればなんということもない金額です(ただし、これはローカル放送事業者だけの金額であり、新聞の損失は含まれません。恐らくですが、新聞の損失はこれよりもかなり大きいでしょう)。また、放送事業者にとっても、それが数十の所有会社に帰属すると考えれば、1社当たりではそれほど大きな金額ではないかもしれません。それでも、ネットでのニュース配信自体は以前から実施していますので、もし、放送事業者がこの価値のマネタイズに成功すれば、これを得るためだけに必要な追加コストは(交渉に掛かる費用を除けば)完全に0なので、利益にそのまま上乗せされることになるはずです。

"売上に有益でもないコンテンツのために
支払いを強制されるべきはない!"

この程度の金額でも、プラットフォームがすんなり支払うことはまずないでしょう。GAFAは、2021年の1年間で、政府や議会の政策決定に影響を与えるためのロビー活動に約70億円を支出したそうです(読売新聞、2022年1月28日)。巨大IT企業に対する規制強化の動きは、特にバイデン政権発足以降強まっています。この法案(JCPA2022)はそのひとつで、なかでも金額的な影響が軽微なものに過ぎませんが、自らに対する規制強化法案に対して融和的な態度を示すことは考えにくいです。

多くのネットメディアがこの法案を痛烈に批判しています。「特定の業界にだけ独禁法の適用除外を許すのは問題だ」「伝統的なニュースメディアがインターネットの発達で情報のゲートキーパーとしての機能を失い、それがユーザーに移っているのは必然だ」「収入が大幅に減ったからと言って、その補填をデジタル・プラットフォームに求めるのは筋違いだ」といったものです。またメタはもっと直截的に、「この法案が実現すれば、Facebookから全てのニュースコンテンツを削除する」「ユーザーが見たいと思っておらず、売上にとって有益でもないコンテンツに対して、強制的に支払わされるべきではない」とやや(かなり?)挑発的な反応をしています(メタ社の広報担当Andy Stone 氏によるツイート、202212月6日。今でもこのツイートは残っているところを見ると方針は変わっていないようです)。

一方、新聞や放送などには、「ローカルジャーナリズムは地域社会の民主主義が機能するために不可欠なものであり、この法案はローカルジャーナリズムを守るための助けになる」「この法案は、ニュース・パブリッシャーが交渉の結果得た資金を、憲法で保証された言論と報道の自由を守るために活動するジャーナリストや報道スタッフへの投資に充てることを奨励するものであり、何千もの地元紙、そしてアメリカ国民の多くが支持している」といった主張が多いです。実際、この法案への米国民の支持率は70%を超えているという報道もあります(Fox News, 2022年4月28日)。

「(米国の)建国の父たちは、ほとんどすべてのニュースと情報が2つの民間団体(GoogleとFacebook)によってコントロールされる未来を想定していなかったはずだ」(Doug Schoen, Fox New, April 28, 2022)とは言え、法律が定めたフレームワークで集めたお金で、公権力を監視するジャーナリズムの保全を図るという方法が最善のものかどうかはわかりません。ただ、ローカルジャーナリズムが消滅すれば、その地域の民主主義が充分に機能しなくなるという主張にはかなりの説得力があります。インターネットの時代に、ローカルジャーナリズムが持続可能であるためには、どのような方法がベストなのか?は今後も議論が続くであろう大変重要な問題です。

「データが語る放送のはなし」米国ローカルテレビ篇(一覧)

●part1
放送エリアのはなし①
放送エリアのはなし②

●part2
放送局所有会社のはなし

●part3
番組のはなし(前編)
番組のはなし(後編)

●part4
経営(前編)
経営(後編)

スピンオフ(本記)

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