国家による自由、国家からの自由(中)

永原 伸
国家による自由、国家からの自由(中)

「ネット上の言論空間の歪み」は問題だが

国家による自由か、国家からの自由か。3つのばらばらの話題に"通奏低音"のように流れる問題を引き続き論じてみたい。

」では、(1)衆院憲法審査会による憲法改正国民投票法のCM規制論議を取り上げた。「中」では、(2)総務省の有識者会議によるデジタル時代の放送制度の在り方に関する検討を、最終回の「」では、(3)自民党情報通信戦略調査会によるBPO(放送倫理・番組向上機構)と番組審議会の検証をそれぞれ取り上げる。

(2)のデジタル放制検では、「上」で紹介した曽我部真裕・京都大大学院教授(憲法学)や山本龍彦・慶應大大学院教授(憲法学)による「情報空間に対する政策的介入」を是認する考え方に対して、今年2月16日の検討会会合で、日本新聞協会が意見表明している=図1=

【サイズ変更+枠付け済み】中の図1=日本新聞協会の資料より.jpg

<図1 日本新聞協会の資料より>

「ネット上の言論空間の歪みに対処するための試論だと理解し、危機意識は共有する」と前置きしながら、「それが放送事業者や、新聞・通信社等を含めたメディアへの規制として具体化されることには反対する」「過度な法的規制の導入は『表現の自由』を棄損しかねず、慎重であるべき」と指摘したのである。

日本新聞協会が指摘する「ネット上の言論空間の歪み」が大きな問題であることは論をまたない。衆院憲法審査会でも「ケンブリッジ・アナリティカ事件」(注1)が幾度か話題にのぼっているし、デジタル放制検でも「アテンション・エコノミー」(注2)、「エコーチェンバー」(注3)、「フィルターバブル」(注4)といった単語が繰り返し登場する。

(注1)ケンブリッジ・アナリティカ事件:政治コンサルティング会社「ケンブリッジ・アナリティカ」が、ソーシャルメディア「フェイスブック」から取得した個人情報、感情の性質などの膨大な情報を駆使して、2016年の米大統領選でのトランプ陣営勝利や英国のEU離脱をめぐる国民投票での離脱派勝利を牽引したとされる事件で、同社の元幹部が内部告発して発覚した
(注2)アテンション・エコノミー:インターネットの発達がもたらした情報過多の社会では、人々の関心や注目の度合いが経済的価値を持つという考え方
(注3)エコーチェンバー:SNSの隆盛により、価値観の似た者同士で交流し、共感し合うことにより、特定の意見や思想が増幅されて影響力をもつ現象
(注4)フィルターバブル:インターネットの検索エンジンやSNSの利用履歴により、各人に最適化されたインターネットコンテンツが表示される結果、自分の見たい情報の泡(バブル)の中に包まれてしまう現象

ネットメディアも「国家からの自由」重視

では、当事者とも言えるインターネットメディアの関係者たちは、「ネット上の言論空間の歪み」にどう対処したらよいと考えているのだろうか。

デジタル放制検と同様に総務省が設置した有識者会議「プラットフォームサービスに関する研究会」が、2019年から20年にかけて、フェイクニュース対策などをテーマに1年以上かけて議論したことがある。その際、いくつかの団体が意見表明しているので、そこから引用しよう。

例えば、19年5月24日の会合では「ファクトチェック・イニシアティブ・ジャパン」(FIJ)の楊井人文・事務局長が意見表明している=図2=

【サイズ変更済み+枠付け済み】中の図2=FIJの資料より.jpg

<図2 FIJの資料より>

説明資料は「現行法上、偽情報規制は存在している」と指摘しつつ、「具体的な『害悪』論と切り離された偽情報規制論は規制主体の恣意的運用のリスクが高まり、表現の自由を過度に制約する危険性あり」と主張。そのうえで、「表現・言論の内部的・自律的な取組みを通じた誤情報の自然淘汰・脱力化を目指すべき」と述べている。

同年6月27日の会合では「インターネットメディア協会」(JIMA)の瀬尾傑・代表理事が意見表明した=図3=。説明資料には「自主的取り組みを中心に考える:信頼にもとづくビジネスモデルなど市場での淘汰を目指す」「行政の規制は反対:言論の自由を尊重し、現行法で対応」と書かれている。

【サイズ変更済み+枠付け済み】中の図3=JIMAの資料より.jpg<図3 JIMAの資料より>

このように見てくれば、新聞に限らず、インターネットメディアもまた「国家からの自由」を重視していることがわかる。

このような声を反映して、20年2月にまとまった同研究会の最終報告書は、プラットフォーム事業者による「自主的な取組を基本とした対策を進めていくことが適当」とし、コンテンツの内容判断への「政府の介入は極めて慎重であるべき」という記述となった。

ただ、気になる表現も残った。「将来的に偽情報の拡散等の問題に対して効果がないと認められる場合」には「行政からの一定の関与も視野に入れて検討を行うことが適当」とされた。

この記述に対して、日本新聞協会は報告書案のパブリックコメントで、「プラットフォーム事業者に対して自主的な対策を講じるよう求めることが重要」として報告書自体は評価しつつも、「その一方、政府による安易な規制は表現の自由を侵害するおそれがあり、当協会はこれに反対する」と釘を刺すことを忘れなかった。


「下」につづく

最新記事