盛り上がりに欠くNHKプラスへのニーズ~同時/見逃し視聴サービスの利用意向に関する調査結果⑤

木村 幹夫
盛り上がりに欠くNHKプラスへのニーズ~同時/見逃し視聴サービスの利用意向に関する調査結果⑤

第1回第2回第3回第4回に続く論考です。


最終回となる今回は、2020年春に民放に先駆けて開始された常時同時配信"NHKプラス"へのニーズを見てみよう。

ご承知のようにNHKプラスでは、NHKの受信契約者を対象として、総合と教育(Eテレ)の番組の大部分がリアルタイムと1週間の見逃し配信のセットで提供されている。現時点(2022年2月初時点)では24時間提供されているわけではないが、22年4月からは総合は24時間、Eテレは放送開始から終了まで提供される。現在、使用できるデバイスは、スマホ、PC、タブレットに限定されるが、22年度内には、いくつかのスマートテレビOS向けのアプリも提供される。ただし、テレビ向けアプリでは同時配信は利用できず、見逃し配信のみ利用可能とする方針である(以上、NHK「2022年度(令和4年度)インターネット活用業務実施計画」より)。

NHKプラスを視聴するには、受信契約に紐づいたIDを登録する。2021年3月初時点(122万件)以降のID登録数は公表されていないが、2021年9月末時点のID申請数で231万件。UB(ユニーク・ブラウザ)数は2021年度7-9月期の平均で86.7万(前年同期51.6万)とされる(以上、NHK「2021年度第2四半期業務報告」より)。

 
開始1年後のニーズが減少している?

2020年調査(有効サンプル数6,188)、21年調査(同6,188)ともNHKプラスに対するニーズを聞いている。20年調査は試験配信開始後約1カ月で本配信開始(4月初)直前の調査であり、21年調査は約1年後というタイミングである。図表16にNHKプラスの認知度に関する設問の結果を示す。20年調査と21年調査の間に大きな違いは見られない。"聞いたことがない"はどちらも約66%、"どのようなサービスか大体知っている"は20年14.1%、21年11.3%とむしろ減っている傾向も見受けられる。"既に利用している・利用したことがある"は開始直後の20年3月末時点で既に2.5%、21年4月調査で4.5%であるが、これをIDを登録したユーザーと考えるとNHKの公表値との整合性が取れない。ネットユーザー限定の調査なので高めに出ていることを差し引いても大きすぎる数字であり、登録せずに試しに利用してみた回答者が多く含まれていると考えられる。いずれにしても(ネットユーザーの)NHKプラスの認知度自体は、20年春から21年春までの1年間でほとんど変化していないようである。

図表16.jpg

<図表16. NHKプラスの認知度>

次に利用意向を見てみよう。NHKプラスの利用意向について聞いた設問の集計結果を図表17に示した。設問ではNHKプラスのサービス内容、利用可能な条件、登録手続き、画面イメージなどを示したうえで、注意喚起メッセージ入りなら受信契約なしでも利用できることを注記した。"利用したい"との回答は2020年調査で31.8%、21年調査で24.8%とむしろ低下している。ネットユーザー限定の調査なので世の中の平均的な動向からは乖離している可能性があるが、それでも開始から1年後に減少しているのは予想外であった。

図表17.jpg

<図表17. NHKプラスの利用意向>


ほぼ性年齢で説明できる傾向

2021年調査のデータについて、NHKプラスの利用意向を性年齢、NHKの放送・番組(放送に加え配信も含む)の視聴時間量、民放テレビの見逃し配信視聴経験、民放テレビの同時配信利用意向との関係で見たクロス集計の結果を図表18に示した。男女とも年齢が上がるに従って利用意向表明の割合が上昇している傾向がはっきり出ている。民放の同時配信利用意向の場合、性年齢による違いは一部の層以外では見られなかったのと対照的である。NHKの放送・番組の視聴時間量との関係でもまったく同じ傾向で、視聴時間が増えるにつれて利用意向が明らかに増えている。民放の見逃し配信利用経験者はNHKプラスの利用意向がやや高い傾向があり、同じく民放の同時配信利用意向表明者も利用意向が高い傾向があるが、どちらも全体の平均からそれほど大きく乖離しているわけではない。

この4つの要因の中ではNHKの放送・番組の視聴時間量の寄与が最も大きそうだが、これは性年齢の影響を大きく受けている。NHKの放送・番組の場合、視聴時間そのものが年齢の影響を大きく受けており、年齢が上がるほど視聴時間量が明確に増えている(民放の放送・番組でも同様の傾向は見られるがNHKほど鮮明ではない)。NHKプラスの利用意向に影響を与えている根本的な要因は、この調査で把握している要因の中では、年齢であると考えた方がよさそうだ。

図表18.jpg

<図表18. NHKプラス利用意向のクロス集計>

利用形態の意向は民放と同じ、
デジタルデバイスが若干少なく、見逃しが多い

図表19は民放の同時配信と同じく、どのようにNHKプラスを利用してみたいかを利用意向を表明した回答者に聞いた設問の結果。全体的な傾向は民放の同時配信に関する設問と全く同じと言って良いが、細かく見ると若干の違いがある。デバイスや場所については、民放同様、"テレビがない部屋でスマホ/タブレット/PCで見たい"(‟そう思う"+"ややそう思う"、以下同)との回答が最も多く、ほぼ同スコアで自宅のメインのテレビが続く。民放の場合、デジタルデバイスの方が3%ポイント程度とごくわずかではあるが多かったが、NHKではデジタルデバイスとテレビに差はない。回答者の年齢構成を反映しているのかもしれない。比較的明確な違いが見られたのは、‟もっぱら見逃し視聴で利用したい"である。民放では‟そう思う"と"ややそう思う"の合計で50.5%だったが、NHKプラスでは59.3%と差異が認められる。

図表19.jpg

<図表19. NHKプラスの利用形態(利用意向表明者)>


最後に、NHKプラスの利用頻度の意向を同時配信と見逃し視聴別に聞いた設問の結果を図表20に示した。"ほぼ毎日"、"ほぼ毎日何回も"は見逃しよりも同時配信の方がやや多いように見えるが、構成比としては合わせて7%未満と少ない。"週に1~2回程度"、"週に3~4回程度"は見逃しの方が明らかに多いことがわかる。この設問からも、NHKプラスについては、見逃し配信への需要が同時配信よりも高いことが伺われる。

図表20.jpg

<図表20. NHKプラスの利用頻度(利用意向表明者)>

同時配信は見逃し配信の付加サービスか

NHKプラスがお手本とするBBC iPlayerでは、以前述べたように、見逃し・オンデマンド視聴が主流であり、同時配信視聴は一部の視聴者が行っているに過ぎない。NHKプラスでの同時配信の内容が放送と全く同一(あるいは蓋被せで放送より少ない)である以上、テレビ受像機への対応を行わないのなら、自宅内等のテレビのない部屋で視聴する、チューナー付きのテレビを持たない人がスマホやPCで視聴する、といったインクリメンタル・リーチともいうべき視聴を獲得する効果はあるかもしれないが、既存テレビ視聴の圧倒的なメインストリームであるテレビ受像機を用いた視聴からの移行は期待できない(というより期待していないとも考えられる)。時間制約がなく、リアルタイム視聴とは差別化されている見逃し配信への期待が大きくなるのは、当然のことだろう。

 
同時配信は「将来への投資」

ここまで5回にわたって、同時配信へのニーズをネットユーザーへの調査結果から探ってきた。これまで見てきたことをもとに、それが現在の民放、NHKが行う、あるいは行おうとしている同時配信への示唆を考えてみよう。

ネットでテレビ放送を同時配信するメリットは、①地デジ化以降減少したテレビ受像機数を補うため、デジタルデバイスでテレビ放送を視聴可能とする(インクリメンタル・リーチの獲得)、②同時配信と以前から行っていた見逃し・オンデマンド配信を同一プラットフォーム・デバイス上にシームレスに提供することによる新しいテレビ視聴スタイルの提供、の2点と考えられるが、現時点では、民放、NHKともに①のメリットを目指しているように思われる。民放、NHKともにビジネスモデルの土台が、あくまでも放送の電波を受信しての視聴である以上、配信の目的は補完的な収入獲得ないしは‟将来への投資"になるのは必然であろう。

長期的に放送の伝送インフラが通信網に統合されるのかどうかはわからない。この問題で何かと引き合いに出される英国でも、2040年手前頃(BBCの次期特許状の期限終了時頃)までに地上波テレビ放送が廃止されるとは一般に考えられていない。しかし、社会全体のDXが加速度的に進行している中にあって、テレビだけがネットに消極的になっているわけにはいかない。ネットを利用して収入を増やす、あるいは将来大きく伸びるかも知れない収入源を開拓しておくことは放送全体にとって避けて通れないチャレンジであろう。

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