【村上圭子の「持続可能な地域メディアへ」】① 新規事業への挑戦

村上 圭子
【村上圭子の「持続可能な地域メディアへ」】① 新規事業への挑戦

NHK放送文化研究所メディア研究部で放送政策、地域メディア動向、災害情報伝達について発信してきたメディア研究者の村上圭子さんによる新連載をはじめます。テーマは「ローカル局」です。ローカル局が直面している厳しい現実のなかで新たな挑戦をする局、人への取材を中心に、地域メディアの持続可能性を考えていきます。(編集広報部)


ローカル局の"誇り"を大切に

連載をはじめるにあたり、ローカル局に対する私のスタンスを明らかにしておきたい。

民放テレビ局は、1988年に旧郵政省が定めた「放送普及基本計画」に基づき、全国各地に4局ずつ設置することが目標とされた。もともと人口が少ない県や地域産業が少ない県であっても、ローカル局が4局存在するところが多いのはそのためだ。そうした地域ほど、人口減少の波は早く押し寄せる。局数が多ければ経営が厳しくなるのは必然の結果である。今のローカル局が抱える問題は、"個社の経営判断の問題である前に放送制度の問題"である。

また、独立局を除くと、ローカル局は系列ネットワークの仕組みを大前提に経営が行われてきた。東京で制作された番組と広告を全国に放送することが主な目的であるこの仕組みでは、ゴールデン・プライムタイムでローカル局が番組制作で活躍できる場はほとんどない。キー局のネットワーク配分金に依存し自社制作比率が低い、との指摘があるが、裏を返せば、視聴者が多い時間帯ほどローカル局は番組を制作できず、災害時に地域メディアとしての役割を果たそうとしても、ネット枠ではキー局の判断がなければできない事情がある。今のローカル局が抱える問題は、"個社の経営努力の問題である前に系列ネットワークの仕組みの問題"である。

以上のような制度や仕組みの前提を棚に上げて、いたずらにローカル局の経営判断や経営努力を批判したり、安易に勝ち組・負け組といったレッテルを貼ったりすることは、ローカル局の誇りをないがしろにする行為であると私は考えてきた。これは、放送免許という既得権益を守るのとも、経営基盤が弱い局に心を寄せるのとも異なる私のスタンスだ。20244月、「民放online」で「ローカル局の皆さんにとって"誇り"とは何ですか?」という原稿を書かせてもらったが、この原稿で最も伝えたかったのはこのことだった。当時、私はNHKに在籍しており、連載をさせていただくつもりがかなわずにそのままになってしまった。今年1月末に早期退職してフリーのメディア研究者となったので、あらためてローカル局の存在意義について連載を開始したい。

地域社会にとっての「正解」を探すために

ネット配信による伝送の効率性はいよいよ高まり、地域放送免許制度の維持が非効率になっている現実を直視することはもはや避けられなくなりつつある。キー局主導による経営の効率化という観点での再編・統合も現実的な選択肢となりつつある。825日に開催された総務省の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」(外部サイトに遷移します、以下同じ)では、地域におけるローカル局の数の多さが必ずしも「地域性」の担保にはつながらないといった発言や、ローカル局の伝送路を廃線が見込まれる鉄道の赤字路線になぞらえる発言、ローカル局が伝える地域情報の中で本当に地域に必要な中身は何かを精査すべき、といった厳しい発言が相次いだ。今後、基幹放送普及計画のあり方も含めた放送制度議論が開始されると思われる。

ただ、伝送の効率性や経営の効率化の追求だけが、地域メディアの将来の「正解」を導き出すとは思わない。人口減少が進み、効率からこぼれ落ちる地域社会の側から、「正解」を導き出す議論が必要である。民主主義を守り、生命財産を守り、人の尊厳を守ることが、公共財としてのメディアの役割である。必要最低限の地域情報が確保されればいい、という単純なものではない。

そのために非効率であっても地域に放送免許を残すのか、放送局という企業を残すのか、それとも、メディア機能を別な形で再構築するのか、その姿は私にもわからない。ただ、地域主体の議論を興す大前提として、ローカル局には、地域になくてはならない存在であると認められるための努力をしているか、生き残るための持続可能な経営のための判断が行われているかが厳しく問われることは間違いないだろう。

局の特性や地域性にあった挑戦とは何か

「民放online」では、報道やドキュメンタリー制作の観点からローカル局の役割を考える記事は多い。一方で、新規事業や地域事業については、新しい試みであることもあり、また目立った成果が出ていないこともあり、記事としては多くはない。しかし、地域における存在意義や経営の持続可能性のためには、新たな挑戦は必要不可欠だと考える。連載では、局の特性や地域性にあった挑戦とは何かを考えていくため、参考になると思われる事例をピックアップして紹介していきたい。

第1回目のテーマは、「どうすれば新規事業を生み出すことができるのか」。放送外収入の確保のために新規事業に本気で取り組む、東海テレビ放送(以下、東海テレビ)と静新SBSグループの事例を紹介する。この2社は7月に行われたイベント、「TECH BEAT Shizuoka(ⅰ)」に参加していたので、そこに取材に行ってきた。

◆新規事業創出のための動画ビジネススクール始動 東海テレビ放送

東海テレビが出展していたのは、今年3月にサービスを開始した、"新規事業創出を学び、生み出し、育て、広げる"「Edge」という新規事業である(ⅱ)。仕掛け人は、経営戦略局の戸松準氏だ(図表1)。

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<図表1. 東海テレビ「Edge」の仕掛け人・戸松準氏

私は、ローカル局を取材する中で、新規事業に取り組みたいがどう立ち上げればいいのか、どういう事業に可能性があるのか、悩んでいる局や担当者に多く出会ってきた。そんな時に戸松氏に出会い、最初に伺った次の言葉が、私の心に強く響いた。「新規事業創出に悩んでいるのはローカル局だけではない。大手企業も同様、いや、むしろ大手企業ほど悩んでいる」。

戸松氏はもともと、『ぐっさん家』『千原ジュニアのヘベレケ』など、エンターテインメント系番組を手がけるプロデューサーであった。番組制作畑を20年以上歩んできた戸松氏が新規事業に関わることになったきっかけは、スタートアップ企業や起業を模索する人たちに、自身が若い時の勢いがあった頃のテレビ業界のような活気を感じたからだという。

スタートアップ企業とは、斬新な視点、独自のテクノロジー、ユニークなアイデアで、世の中に存在していない新たな事業の創出を目指す企業のことを指す。戸松氏は4年前、東海地区の起業家を応援する番組、『START UP!! 東海地方から世界を目指す(ⅲ)』を立ち上げた。そして一昨年の夏には、新規事業を創出する部署に異動し、自らが新規事業を考える"当事者"となり、Edgeを開発した。

Edgeのサービスのねらいは、「半年後に自ら新規事業を生み出す力」を身につけること。サービスの柱は2つ。1つ目は、テレビ局のノウハウを生かして制作した、新規事業創出に必要なノウハウやスキルがつまった333秒のショート動画150本の提供。2つ目は、起業に関する悩みの共有や、サービス構築や事業拡大まで支援するリアルなコミュニティの場の提供だ。コミュニティでは、東海テレビの持つアセット(資産や財産のこと。ブランドやノウハウなども含む)を活用し、周知・広報戦略のサポートや出資や協業の検討も行う。

Edgeの最大の特徴は、サービスの対象を、営利を目的として経済活動を行う事業会社に限定していることだ。"本業"の成長が鈍化、失速する中で、新たな収益の柱を生み出そうと模索する企業や社員の支援である。これは、広告モデルによる番組制作という"本業"に携わり、現在は放送外収入の拡大を目指して新規事業を創出する立場にある戸松氏の問題意識そのものである。

動画やコミュニティの伴走者は、戸松氏がスタートアップの番組制作などを通じて交流を深めてきた守屋実氏と粟生万琴氏である(図表2)。2人とも、数多くの新規事業創出に携わるプロフェッショナルである。守屋氏は、事業会社で新規事業が失敗する原因として、「いままでは、こうやってきた。こうしないとうまくいかないはずだ」「こんな仕組みで儲かるのか?」「うちのやり方はこうだ」といった「経験なき理屈」「本業の汚染」があると指摘する(関連記事はこちらから)。放送業界でも、思い当たることが大いにあると感じる内容である。

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<図表2. Edgeの講師 守屋実氏と粟生万琴氏のプロフィール>

第1期にはNTTデータ東海など計4社、第2期は第一三共ヘルスケア、トヨタのグループ会社3社など計8社が契約し、現在、11月からスタートの第3期の募集中である。現在、放送局との契約はないが、問い合わせは増えているという。

順調な立ち上がりを見せる新規事業Edgeについて生き生きと語る戸松氏だが、悩みもあるという。時間をかけて企画書を練ってきた番組制作現場とは比べ物にならないほどの頻度とタイミングで、プレゼンや資料の手直しを要求されるからだ。長らく企業に勤めている社員がスタートアップのスピードについていくのはかなりきつい。ワークライフバランスが重要視される中、集中力を持続させて、効率的で生産的な働き方をどう進めていくか。超えなければならないハードルは低くないと感じた。

◆新規事業創出に特化した会社 静新SBSグループ

TECH BEAT Shizuokaではさまざまなトークセッションも開催されていた。メディア関連のセッションに登壇していたのが、静岡新聞社・静岡放送を中心とする静新SBSグループ代表の大石剛氏である(図表3)。大石氏は、伝統メディアが従来のビジネスの枠組みを超えて新規事業を立ち上げたり、地方創生のためにさまざまな企業・団体と協業したりすることの意義を述べていた。

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<図表3. トークセッション「静岡発イノベーション企画公開作戦会議!」>

静新SBSグループの新規事業への取り組みは、社員の発意で社内ビジネスコンテストを開始した5年前にさかのぼる。2022年には新規事業創出に特化した別会社「FUJIYAMA BRIDGE LAB(以下、FBL)」を創設。新規事業の立ち上げにはスピード感が重要だが、取締役会で承認するプロセスを経るとどうしても時間がかかる。そのため別会社で投資・事業判断を一括で行えるようにしたのだという。別会社の運営は、静新SBSグループが2018年に出資した、シリコンバレーに拠点を持つベンチャーキャピタル(ⅳ)「WiL」の運用益を活用している。ちなみに静新SBSグループでは、これまで83人の社員をシリコンバレーに派遣し、新規事業創出や企業改革のためのマインドセットの研修を行っている。

社内ビジネスコンテストは毎年行われており、企画書提出、書類選考、数回のピッチを経て提案が採択される。採択には外部の審査委員が関わり、「面白さ(独自性)」と「事業成立の可能性」の2つの軸で判断される。その軸には「地域性」や「本業とのシナジー(相乗効果)」はあえて設定しないと大石氏。固定観念を排し、自由な発想を生みやすくするためだという。

提案が採択された社員はFBLに異動し、新規事業に専念できる。これまで7件の新規事業が立ち上がり、現在進行しているのは4件だ(図表4)。確かにこの4件を見ると、地域や本業とのシナジーはあまり感じられない。社内ベンチャーとして成長させていくか、会社として独立させていくかは今後次第だという。

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<図表4. 「FUJIYAMA BRIDGE LAB」で進行中の静新SBSグループの新規事業>

大石氏は、率直に言って課題は少なくないと話す。第1の課題が企画の突破力。コンテストには毎年20本程度の応募があるが、突出した提案はなかなか出てこないとのこと。本業である新聞、テレビ、ラジオに従事する社員は、基本的に真面目で発想に大胆さが乏しい。大事なのは"変化の受容"と"遊び心"。社員のマインドセットという観点でいえば、現時点での大石氏の自己評価は「40点」とのことだった。

第2の課題として感じているのは、社員のスピード感の欠如。新規事業の営みとは、ゼロからイチを生み出すことであり、本業で日々行う"ルーティン業務"とは大きく異なる。現在、外部に約5人の「壁打ち」と呼ばれるメンターを配置し、定期的なピッチを通じて進捗を管理しているが、スタートアップの標準には届いていないという。社員の"筋力強化"のために、どのような伴走体制を設計していけば効果的なのか模索中だ。

第3の課題は、採択した事業の継続・撤退の判断基準の明確化とタイミング設定だ。成果が見込めないものをずるずる引っ張っても、会社にとっても社員にとってもメリットはない。ここにも改善の余地が大いにあるとしている。

取材を終えて

新規事業を甘く見ていた、というのが、取材を終えた私の一番の感想である。相当の覚悟と意識改革が必要だと感じた。スピード感についていけるのか。ゼロからイチを生み出せるのか。生放送の現場で鍛えられたスピード感、新番組の開発で培われたクリエイティビティを考えると、ローカル局と新規事業創出との相性は悪いわけではないとも感じるが、どうだろうか。

また、新規事業に取り組むには、ローカル局にある程度の資金力と経営トップのイニシアチブが必要であるということも事実である。ただ、自ら事業を興さなくともスタートアップ企業との協業や投資という選択肢もあるだろう。東海テレビの戸松氏が言うとおり、放送局のアセット活用によって収益拡大の可能性も考えられる。問題は、事業の成功を見極める目である。ここは、静新SBSグループの大石氏も試行錯誤中である。もう少し時間がたったところで、あらためてまた両社を取材したい。

最後に、本業や地域とのシナジーについてである。「固定観念を排し、自由な発想を生みやすくするため」に新規事業の提案にはあえてシナジーを設定しないという大石氏。この考え方には一理あると思いつつ、シナジーを設定することによって生まれる可能性もあるのではないかと感じた。このテーマについては、次回以降、考えていきたい。


(ⅰ) 国内外のスタートアップ企業が参加し、展示や講演、商談を行い、静岡県内企業との共創を促進するイベント。今年は7回目となり、約170社が一堂に会した。
(ⅱ) ブースは、名古屋市を拠点に教育DXに取り組むスタートアップ企業、Arts Japanとの共同出展。「Edge」のサービスプラットフォームとして、同社が開発・提供する教育現場DXクラウド「Revot(レボット)」を活用している。
(ⅲ) 過去の番組は東海テレビ公式YouTubeチャンネルで視聴できる。
(ⅳ) スタートアップ企業や上場していない企業に対して出資を行う投資会社のこと。

※このほかの【村上圭子の「持続可能な地域メディアへ」】はこちらから

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