9月14日(土)、北海道放送(HBC)7階の会議室で北海道ドキュメンタリーワークショップの第1回「ドキュメンタリーをはじめる、ふかめる」を開催した。ドキュメンタリー文化の継承が目的で、参加費は無料。対象は民放・NHKを問わず北海道内の放送局で働く全ての人たちだ。
開催前、どれくらいの人たちが集まるか不安だったが、ふたを開けてみると実行委員を含め70人を超えた。若手を中心に、入社1年目の記者から報道局長まで。記者やディレクターが多かったが、編集、営業、ウェブメディア編集などさまざまな職種の人たちが集った。講師は大阪の毎日放送(MBS)ディレクター・斉加尚代さん。メディアのあり方やネット社会の問題などをテーマに数々のドキュメンタリー番組をつくり、映画『教育と愛国』は大ヒットを記録した。
当日は午前9時半に開会。映画『教育と愛国』視聴。斉加さん講演。HBCのドキュメンタリー番組『閉じ込められた女性たち~孤立出産とグレーゾーン~』を制作した貴田岡結衣記者を交えて、番組の制作過程や苦労、斉加さんとのディスカッションを行った(写真㊦)。さらに「ドキュメンタリーとは何か」「インタビュー論」「取材相手との距離感」など11のテーマごとに議論し、質疑応答を含め終了したのは午後5時だった。
最初はあまりにも長すぎるのではないかと危惧したが、時間が足りないほど議論は深く広く続いた。参加者からも「長さを感じなかった」「最後まで飽きずに聞けた」という声が相次いだ。懇親会には約30人が集まり、会社や職種を超えた交流ができた。
背景にドキュメンタリーをめぐる危機感も
原点は7年前。HBC報道部の記者向けに開いた「ドキュメンタリーを見る会」だった。特集デスクだった私は、ドキュメンタリーをつくりたいという若手記者が多い一方で、社内の先輩がつくった番組をほとんど知らないことに驚いた。そこで制作した先輩記者を招いて一緒に番組を視聴し、議論する会を設けた。だが、残念なことに4回しか続かなかった。
その記憶が危機感をともない蘇ったのは、私が映画『ヤジと民主主義 劇場拡大版』を監督し、宣伝や舞台挨拶で昨年12月から全国を飛び回ったときだ。映画はヒットし、テレビ局以外の人からも多くの評価をいただいた。「テレビ局でも映画が作れる可能性がある」。そんな期待を込めた感想は嬉しくもあったが、足元ではドキュメンタリー制作の環境が年々悪化しているのを感じていた。大ヒットしたドキュメンタリー映画を監督した知人のテレビディレクターが「テレビ番組で企画が通らず、映画にした」と悔しそうに私に語ることもあった。テレビ局でドキュメンタリーをつくれなくなり、退社して映画制作に舵を切る人も少なくない。
テレビ業界にはNetflixなどの大手動画配信サービスや素人が自ら映像制作し発信できるYouTubeといったライバルが出現している。テレビ受像機を持たない若者も多い。そんな中でドキュメンタリーは社会課題を可視化し、権力監視の役割を果たし、多様性のある社会をつくる基盤として守らなければならない。だが今やその灯は、視聴率や再生回数、収益といった風に揺らいでいる。テレビ局の枠を超えて、ドキュメンタリーを継承し、盛り上げ、生き残る術を見い出さなければならない。
そんな思いを放送文化基金の梅岡宏専務理事に話したところ、4月から新たな助成制度が始まるので応募してみないかというお誘いがあった。助成を受けるには審査をパスしなければならず、やるならば道内の全放送局が参加するものにしたかった。ハードルは高かったが、頼りになる存在がいた。映画『ヤジと民主主義 劇場拡大版』の公開とほぼ同じ時期に、北海道文化放送が『無理しない ケガしない 明日も仕事! 新根室プロレス物語』、北海道テレビが『奇跡の子 夢野に舞う』を映画制作し公開した。各局の制作者とは以前から飲み仲間で、顔を合わせるとドキュメンタリーの危機的状況について意見を同じくしていた。2月、私が助成制度の相談をしたところ、皆が賛同し、他局にも声をかけてくれることになった。こうして道内6局の有志が集まり、実行委員会をつくり、放送文化基金から250万円の助成を受けることができた。
同じ思いの人たちがつながる
ワークショップを開催する前に、どんな会なら参加したいか、各局でそれぞれ数人の若手にヒアリングした。「ドキュメンタリーの定義を知りたい」「取材相手との距離感を知りたい」「ドキュメンタリーのネタをどうやって探しているか」など、観念的な話から取材現場での具体的な悩みまで幅広い意見が出た。
斉加さんは初回にふさわしい講師だった。局内から反対の声が上がる中で、局外の協力者の存在によって映画『教育と愛国』が実現したこと。ドキュメンタリーの理念から取材が難しい相手にインタビューする方法など実践的なものまで内容の濃い話を聞くことができた。特に考えを異にする取材相手にも誠実に向き合い、関係を築く姿勢は参加者の心に残ったようだ。若者代表として貴田岡記者が等身大の悩みや葛藤をぶつけると、斉加さんは真摯に答えてくれた。子育て中は「ひまネタ」担当として1分のニュースでもこだわって報道してきた体験談に励まされたという女性の参加者もいた。
今回良かった点は、参加者を記者やディレクターなど現場で働く制作者に限定しなかったことだ。テレビ局は異動によってさまざまな職種につく。営業部や人事部にいても映像をつくりたい人はいる。ドキュメンタリーについて上司や同僚と共通の話題や価値観が持てない職場もあろう。このワークショップのもうひとつの目的は、局を超えて同じ思いの人たちとつながり、切磋琢磨していく場にすること。小さな芽かもしれないが、ドキュメンタリーという放送文化を守るための礎になるものと信じている。
【編集広報部注】
放送文化基金の「イベント事業部門」は本年度後期の助成対象申請を10月31日まで受け付けている。2025年3月~26年2月に実施するもので、放送を中心としたメディア文化の向上に資するイベントや事業が対象。詳しくは専用サイトから(外部サイトに遷移します)。