波紋を呼んだ米ABCの司会者発言 深夜のトークショー、突然の中止から再開 業界の諸事情が浮き彫りに

編集広報部
波紋を呼んだ米ABCの司会者発言 深夜のトークショー、突然の中止から再開 業界の諸事情が浮き彫りに

米ディズニー傘下のABCが9月17日、テレビの深夜トークショー『Jimmy Kimmel Live!』(月~金、23:35~24:37=冒頭画像はABCの番組サイトから)の放送を「無期限で中止する」と発表したが、1週間後の9月23日に放送を再開した。トランプ政権による政治的圧力が中止発表の背景とも伝えられ、直後から視聴者の激しい反発が起き、ABCを擁するディズニーグループの配信サービスDisney+やHuluの解約が全米規模で広がるなどグループ全体への経営にも影響があったようだ。

発端は人気コメディアンで番組ホストのジミー・キンメルが9月15日の放送で、9月10日に起きた保守派の政治活動家チャーリー・カーク氏銃撃事件をめぐって、「MAGA(トランプ大統領支持派)陣営がこの事件を政治的に利用しようとしている」旨の発言をしたこと。これに対してFCC(連邦通信委員会)のブレンダン・カー委員長が直ちに保守系ポッドキャストやFOXの番組内などで「常軌を逸している。ABCが何らかの行動に出なければ、FCCの仕事がひとつ増えることになる」「放送免許を取得する者は、広く公益にかなうものでなければならない」と免許剥奪をも示唆する発言をしたとされる(ただし、カー委員長は同趣旨の発言を否定している)。

これに呼応するかのようにABCが直ちに番組の中止を発表し、全米でABCの系列局30以上を所有する大手のNexstarと、同じく大手のSinclairも放送中止に動いた。ABCの放送再開後もNexstarとSinclairは中止を維持し、全米で完全復帰したのは26日だった。

23日の放送再開にあたってジミー・キンメルは冒頭で「テレビでわれわれが何を言うか言わないかを政府がコントロールすることは許されない」と発言した。この日はNexstarとSinclair傘下の放送局では放送されなかったにもかかわらず、約630万人が視聴し、今年第2四半期の平均180万人を大きく上回った。また、前述した冒頭発言はYouTubeとSNSで2,600万回以上再生されたという。

今回クローズアップされたのがネットワーク(ABCやCBSなど)と系列ローカル局の利害の対立だ。系列局独自の判断でネットワーク番組の放送を見合わせるのは異例のこと。Nexstarは同様に地方局を所有する大手グループTegnaの買収に向けてFCCの承認を待つ立場にある。Sinclairもグループ局の売却を検討しているとされる。カー委員長発言の真偽は定かではないが、背後にはこれらをめぐって政治的な思惑が働いたと各メディアは伝えている。また、配信の台頭とコードカットの進行で広告収入が減少し、系列局では再送信同意料(このうちのネットワーク側取り分)の高騰に不満が募っていたとも米オンラインメディア「Deadline」は指摘。「右派が多いとされる地方放送局としては看過できない発言で、長年の軋轢に火をつけたのではないか」と報じている。

歴史と実績をもつ深夜のトークショーというフォーマットそのものが視聴者数や広告費の減少に直面し、不安定さを増しているとの指摘もある。すでにCBSも『The Late Show with Stephen Colbert』を2026年3月で終了すると発表している(既報)。▶辛辣なトークや政治的ユーモアをSNSを通じて拡散させることで視聴者数を稼ごうとしている、▶放送業界として政治権力との距離をどう保つか、▶系列局とネットワークの関係をどう再構築するか――こうした複合的な課題を業界全体に突きつけたとの指摘もある。

メディア研究機関のニーマン・ラボ(Nieman Journalism Lab/ジャーナリズム研究を手がけるハーバード大学内ニーマン財団の一機関)は今回の事態を1970年代のニクソン政権下と比較している。当時、ホワイトハウスはFCC、IRS(国税庁)、FBIなどあらゆる機関を総動員して、政権批判を展開するABCの深夜番組ホスト、ディック・キャヴェットを排除しようとした。しかし放送局側は視聴者の放送に対する圧倒的な信頼と期待、放送の独立性への信念を基盤に圧力を退けることができたという。ところが現在、放送局は合併と統合を繰り返した結果、巨大メディアコングロマリットの一部門として支配されるようになった。このため、親会社の権益を拡大するために政府さまざまなの支援を必要としており、放送局はかつてないほど政治的な威嚇に脆弱になっているという。「脅迫」「捜査」「訴訟」という手法を繰り返しながらメディアを「国民の敵」と煽るトランプ政権の戦術にどう立ち向かうのかが問われているとニーマン・ラボは締めくくっている。

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